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【藤原のぼやき】#11 30年前に体験した築堤工事


目次[非表示]

  1. 1.春の訪れ
  2. 2.4年の歳月をかけ工事完成
  3. 3.1992年に体験した築堤工事
    1. 3.1.施工当初
    2. 3.2.仮設の橋を建設
    3. 3.3.今も未来も利用される橋に



春の訪れ

今冬の秋田県横手市は、かってない大雪にみまわれた。

累計降雪量は平年とそんなに変わらないと思うが、気温が低かったこと・12月末にはすでに降雪量合計が3mを超えていたことが原因の一つだと思う。


大雪により、家屋の倒壊、大型営農施設のハウスの破損、果樹等にも大きな被害が出た。果樹については生産額が元に戻るのに10年かかると言われている。かなりの被害だ。

そして雪消えは3月中の高温でアッという間に進み、もうほとんどなくなってしまった。


4月となり、新しい年度を迎え、新入社員も21人ほど入社した。本当に初々しく自分にもこんな時代があったんだと新鮮な気持ちにさせてくれる。


(出展:国土交通省 気象庁 過去の気象データより)




4年の歳月をかけ工事完成


2017年4月から乗り込んだ大槌町吉里吉里の工事がやっと完了した。自分は受注~着工まで配属されていたが、他現場への移動など転々し、この現場から離れていた。

そして4年の歳月をかけ、2021年3月で完成となる。私もほっとしたというかうれしい限りである。


吉里吉里の現場写真 ⇓





1992年に体験した築堤工事


今回も、過去に私が体験した工事について書こうと思う。国交省の工事だ。

弊社も大臣登録し、国交省の仕事を希望しているようなので、そのつながりということで…


その工事の銘板をみたら1992年だから、もう30年近くも前のことになってしまっている。




施工当初

その工事は、秋田県U工事事務所発注の築堤工事であった。

前年度にはこの箇所一帯を河川公園にする事業が認可されており、それの起工式に合わせて東屋だけを作り記念植樹を執り行っていた。それの手伝いをさせていただいており、その事業に合わせた築堤工事である。


この地点は、霞堤になっており、水害の発生しやすい箇所でもあった。公園事業と合わせて機能を確保したいとのことで、人が上り下りしやすく、川と親しみを感じられるようにといった配慮で法勾配は6割の緩傾斜に設計されていた。その分盛土土量は増えてしまう。



霞堤になっている関係で、土砂の運搬は片押しの上流側の既設堤防を使用するしかなかった。設計は購入土だったので土取場を土質の違う2箇所を選定した。1箇所は盛土しやすい岩ズリ系と築堤に適する粘性系を選んで承諾を得た。岩ズリ系は承諾を得るのに苦労した。


土取場が違い、施工箇所の上流と下流に分かれていた。



仮設の橋を建設

その時に、工事事務所工務1課長S氏(高校の先輩)に呼び出された。

『それなら下流側からの進入できるように橋を架けてしまって、その橋を利用して運搬するのはどうか。あくまでこの工事のための仮設の橋だが、将来的には残して河川公園に行くための橋にしたらどうだ。用地は町から承諾をもらうから設計はそっちでしてくれ』

というアドバイスを受けた。


仮設の橋ではあるが将来にも残すとなるとどうすればいいか考え、とりあえず仮設構造物指針で設計し提出した。出張所長と工務課長の意図するものが違い苦労したが、承諾をもらい施工した。地質データもなかったが、河川土には間違いないのでN値は30に設定した。


H形鋼を柱とし、桁はH形鋼で敷鉄板を載せる一般的な4径間構造である。片側からの施工であったため、作業途中でクローラクレーンをこの仮橋にあげて作業しなければならず、沈下しないか不安だったのを今も覚えている。


今も未来も利用される橋に

なお、現在もこの橋は残っている。

市民の憩いの場所となる公園への移動に利用されており、大変喜びを感じる。

その後は河川公園の工事も施工させてもらったが、そのとっかかりに関与できたことは大きな喜びになっている。


公園へと続く 仮設で設置した橋 ⇓



また、その施工当時にイメージアップのため、雄物川町河川公園完成イメージを掲示した。

それが形を変え今も市民の多くが利用する場所になっていることも、大変良かったと思っている。



雄物川町河川公園は子供たちもたくさん集まり、デーキャンプ等の利用場所としても喜ばれている。いつも賑わいのある公園だ。

皆さんも機会があったら是非お立ち寄りください。

藤原 吉一
藤原 吉一

(ふじわらよしかず)1953年生まれ 秋田県出身 58歳の時に、転職を決意。どうせなら人生最後の会社は面白いところに行こうと。秋田を離れ、岩手の会社を受験。2社からは履歴書の「58歳」ということで断られ、小田島組を受験。社長の「この人は面白そうだから」という理由で、入社。入ってすぐに既存社員とぶつかり「前の会社ではこんなことやったらおかしい」とクレームを言うが、社長から「お前はその会社が嫌でうちに入ったんだろう。だったら、その会社のことを言うのはおかしいだろ」と言われ「確かに」とうなづいたというエピソードも。その後も、お客様を指さして社長からしこたま怒られたり、遠く沿岸の現場で同郷の社長と喧嘩したりと、破天荒な会社生活を送る。最後の仕事は、自分が東京の会社に就職したときにやった同じ仕事を、山梨で施工するというあり得ない偶然が。現在は、秋田からテレワークで、会社の施工管理の書類づくり。1歳の孫とともに、悠々自適な生活を送る好々爺。

\ 2020年グッドデザイン賞を受賞しました /

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